あきた移植医療協会だよりVol.12巻頭言より

 1979年(昭和54年)に「角膜及び腎臓の移植に関する法律」が成立し、腎移植に使用する腎臓を死体から摘出することが法律的に初めて認められるようになりました。しかし、本本立では脳死した人からの臓器提供は認められず、心停止後の腎移植のみが臓器移植として可能でした。1968年の和田移植以来、移植医療への不信が根強く、脳死を人の死と認めるかを巡り議論になった経緯がありました。
 1992年(平成4年)1月に「脳死臨調(臨時脳死及び臓器移植調査会)」が脳死は人の死であるとの最終答申を公にしました。1994年「臓器移植法案」が国会に提出されましたが、法的に「死」の明確な定義がなく、誰もが納得できる死の判定基準、特に脳死判定基準がなく、社会通念では「心臓死」が「死」とされているなどの理由から延々と継続審議となり、一時廃案の危機にありました。しかし、1997年7月「臓器移植法」が設立し、10月から施行されるとともに、本法の成立に伴い「角膜及び腎臓の移植に関する法律」は廃止されました。すなわち、2017年(平成29年)の今年は、「臓器移植法」成立20年の年になります。
 「公益財団法人あきた移植医療協会」の全身である「財団法人秋田県臓器移植推進協会」が設立したのは1995年(平成7年)であり、「臓器移植法」が成立する以前のことでした。また、私が秋田の地に不妊したのが1997年(平成9年)1月1日であり、「臓器移植法」成立と同年であることに、感慨深いものがあります。
 本法律施行後、3年をめどに制度を見直すことになっていましたが、12年間放置され、脳死移植数は増加せず、命を失う待機患者さんが多数おりました。また、小児からの臓器提供は据え置かれました。体の小さな子供の心臓移植は、その子に見合った大きさの子供からの提供が必要であり、法律施行後も海外渡航を余儀なくされていました。さらに、臓器提供者が本人が生前に脳死臓器提供の意思を書面で残している必要がありました。
 規定が厳しすぎるとの批判があり、2009年(平成21年)に「改正臓器移植法」が成立し、公布から1年後の2010年(平成22年)7月に全面施行され、現在に至っております。世界中で臓器提供者は不足しており、2008年国際移植学会で「移植が必要な患者の命は自国で救える努力をすること」という主旨のイスタンブール宣言が出されたことで、海外渡航移植に頼っていた日本でも臓器移植法の改正が促進した、という社会背景もありました。
 昨年の協会だよりにも記載しましたが、20年前秋田に赴任し、各地の病院・医師に移植医療の重要性を伝えていた頃、移植医療を否定する声は少なくありませんでした。それから20年。医療者のみならず国民の移植医療に対する意識は変化しており、20年という年月を経て、時代が変わりつつあるように感じています。

                                            公財団法人あきた移植医療協会
                                            理 事 長   佐 藤  滋


■ 名 称              公益財団法人あきた移植医療協会
■ 理事長                       佐 藤  滋
■ 役 員                      役 員 名 簿
■ 所在地
                  〒010-0874
                  秋田県秋田市千秋久保田町6番6号
                  秋田県総合保健センター5階
                  TEL 018-832-9555
                  FAX 018-832-9557
■ 沿 革
平成7年3月        財団法人秋田県臓器移植推進協会として設立
平成17年4月            財団法人秋田県アイバンクと統合
                財団法人あきた移植医療協会へ名称変更
平成25年4月       公益財団法人あきた移植医療協会へ名称変更



■ 定款

  平成25年度 平成26年度 平成27年度 平成28年度
 正味財産増減計算書        
 貸借対照表        
 財産目録        
 収支予算書      
 事業報告        
 事業計画      

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